【MLB】イチローがヤンキースとの再契約を決めた「本来あるべき思い」 (2ページ目)

  • 小西慶三●文 text by konishi Keizo
  • photo by AP/AFLO

 一方のヤンキースは着実に黄金時代の終焉(しゅうえん)が近づいている。抑えのラファエル・ソリアーノと正捕手ラッセル・マーティン、公式戦終盤からプレイオフにかけて神懸かり的な活躍だった指名打者ラウル・イバニエスらが抜け、目立った上積み材料はない。ひいき目に見てやっと現状維持、それぞれの主力の高齢化が進むことを考えれば戦力整備は2012年からマイナス状態のままだ。ワールドシリーズどころかプレイオフ出場という第一関門突破さえ危なっかしいのが現状ではないか。

 だがイチローはあえてヤンキースとの再契約に応じ、「あの場所でもう一度機会を与えられたことに新たな覚悟が生まれている。あのチームには本来あるべき思いがある」と語った。実際、ジャイアンツとフィリーズがヤンキースを上回る条件でイチローの獲得を目指していたが、かなり以前から本人の意思はヤンキースへの復帰で固まっていたようだ。ではいったいイチローをそこまで惹きつけた「本来あるべき思い」とは何か。イチローはヤンキースとの正式契約後、独特な言いまわしでこう語っている。

「勝つことへの強い想いは勝負の世界に生きている者であればどのチームの人間であっても持っているものだが、ヤンキースには負けを許さない空気が存在している。同じことであるように感じるかも知れないが、これが共存している組織は、じつはなかなかない」

 勝つことへの強い気持ちと負けを許さない空気は、どちらも勝利への飽くなき執着を言い換えたように聞こえる。しかしイチローはこのふたつの言葉をそれぞれニュアンスの違うものとしてとらえ、ヤンキースを取り巻く独特の空気に重ねていたようだ。

 選手たちの振る舞いはいつも淡々としている。勝っても大げさに喜ばず、ひどい負けに落ち込むこともない。ヤンキースのチームメートたちは表面的な感情の起伏が非常に少なく、その様子だけでは試合の勝ち負けが分からないほどだ。そしてそういった同僚たちの落ち着きこそ本物の自信の裏返しであり、イチローが長らく探し求めてきた理想だった。

 次にやるべきことに集中するため、短いスパンでの結果に一喜一憂しない。これが「勝つことへの強い気持ち」の表れだとすれば、「負けを許さない空気」とは失敗の現実をきちんと受け止め、そのプロセスを自分なりに整理できていれば厳しい状況でも自然体でいられることか。

「勝てる可能性があるチームだからという理由で、僕はそこに行くわけではない」

 正式に入団が決まった直後の取材で聞いた、そんなひと言が印象に残っている。いかに戦い、いかに勝つのか。イチローはヤンキースに流れる精神性に共感し、もう一度ピンストライプのユニホームをまとうことを決めたのだ。

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