因縁の鹿児島実に1点差惜敗も、大島高校バッテリーの決断と奮闘は奄美大島の野球の歴史を変えた (3ページ目)

  • 菊地高弘●文・写真 text & photo by Kikuchi Takahiro

 そして5回表には、大野・西田バッテリーの真骨頂となる場面があった。

 二死満塁で4番の強打者・永井琳を打席に迎えた場面。大野は西田のサインに2球連続で首を振り、ストレートで空振り三振を奪った。試合後、西田は大野に「首を振れ」というサインを出し続けていたと明かした。

「事前に永井には変化球が合いそうだと分析していたので、勝負球は真っすぐと決めていました。少しでも永井を迷わせたくて、『首を振れ』のサインを出していたんです」

 中盤までピンチをくぐり抜けた大野だったが、今夏をひとりで投げ抜いた疲労もあったのだろうか。大野は6回表に2点、7回表に1点を失い、ビハインドは3点に広がった。大島は9回二死無走者から代打・青木蓮2点適時二塁打で1点差まで迫ったものの、あと一歩及ばなかった。

卒業後はそれぞれの道へ

 試合後、塗木哲哉監督は涙が止まらない大野をこうねぎらった。

「稼頭央、泣くな。これだけのプレッシャーのなかでやってきたんだから、大変だったよな。でも、それが人としての力になるんだ。俺が言うんだから間違いない」

 試合後、涙の乾いた大野はこう語っている。

「この夏は期待してもらっていることをプレッシャーに感じず、逆に力に変えられたと思います。それはこれからの自分にも自信になります」

 一方の西田も「粘り強い打者にも強い気持ちで立ち向かっていけるようになった」と大野の成長を実感したという。

 あらためて「大野投手を大島高校に誘ってよかったですね?」と尋ねると、西田は顔をほころばせて即答した。

「本当によかったです。稼頭央は最高のピッチャーです。夏の甲子園には出られなかったけど、このチームで野球ができて本当によかった。稼頭央には『ありがとう』と伝えたいです」

 今後、大野はプロ志望届を提出し、西田は大学で野球を続ける予定だ。そして、彼らの雄姿を目に焼きつけた奄美大島の野球少年も多かったに違いない。

 島を出るのも、島に残るのもそれぞれの決断であり、第三者がとやかく言うことではない。それでも、大島高校バッテリーの決断と奮闘は、今後の奄美大島球界の歴史を変えるほどのターニングポイントになったのかもしれない。

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