大島高校「奇跡のチーム」はいかに誕生したか。島外の強豪校志望のエースは仲間の言葉に悩みが消えた (3ページ目)

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Ohtomo Yoshiyuki

最速146キロを誇る大島高校のエース・大野稼頭央最速146キロを誇る大島高校のエース・大野稼頭央この記事に関連する写真を見る 大島でチームメイトになってみて、西田は大野の強さを実感する。

「稼頭央は本当に負けず嫌いな性格です。体格のいいパワーのあるバッター、センスのあるバッターであっても、恐れることなく向かっていけるんです」

 一方でマウンドを離れた大野は、常に動き回っていた。西田はあきれたように言う。

「落ち着きがなくて、いつも元気で。きつい練習メニューの後でも動いていて、『疲れないのかな?』と思っていました」

 中学時代は「変化球のほうが得意で、技巧派みたいな投手だった」と大野は言う。だが、高校1年の冬を越えると球速がみるみるうちに速くなり、2年時に最速146キロをマークした。いつしかプロスカウトが注目する存在になり、大野の成長と歩を合わせるように大島は県大会を勝ち進むようになった。

念願の甲子園出場も...

 2年秋、大島は快進撃を見せる。鹿児島大会準決勝では強豪・樟南と延長13回タイブレークの大熱戦の末に4対3で逆転サヨナラ勝ち。決勝戦の鹿児島城西戦も延長13回タイブレークまでもつれ、5対4でサヨナラ勝ち。決勝戦でサヨナラのタイムリーヒットを放ったのは、西田だった。

 続く九州大会では、大野は延長10回降雨再試合を含め4日間で3試合28イニングを投げ切った。西田はその強靭なスタミナと精神力に舌を巻いた。

「どんなに疲れていても、全然きつそうにしていないんです。むしろ周りの選手のほうが疲れていて。稼頭央のスタミナはすごいですよ」

 結果的に大島は九州大会で決勝戦まで勝ち上がり、センバツ切符をつかみとった。それは、西田が中学時代に抱いた「仲間と一緒に甲子園に行けたら」という願望が成就した瞬間だった。

 だが、念願の甲子園では西田のイメージしていた「最高」の気分は味わえなかった。西田は腰に痛みを抱えており、大会後に病院で診察を受けたところ疲労骨折と診断される。一方の大野もまた、立ち上がりからボールが上ずり、勝手の違いを感じていた。

「やばいな、ボールが浮いてるな......と抑えようとすればするほど、力んでいました」

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