中学では6番手の遊撃手、高校は控え投手。中央学院大・山崎凪はいかにしてドラフト候補になったのか

  • 高木遊●文・写真 text & photo by Takagi Yu

「どんなピンチでも堂々と自信を持ってインコースを突けることです」

 そう語るのは中央学院大のドラフト候補右腕・山崎凪。このマウンド度胸こそ山崎の最大の魅力である。

 ファンであるティム・リンスカム(元サンフランシスコ・ジャイアンツなど)を真似た勢いのあるフォームから最速149キロのストレートと落差あるフォークなどで、要所で三振を奪える技術を持っている。

ダイナミックなフォームから最速149キロの速球を投げ込む中央学院大の山崎凪ダイナミックなフォームから最速149キロの速球を投げ込む中央学院大の山崎凪この記事に関連する写真を見る 葛飾区に生まれ、幼稚園の年長時から東金町ライナーズで野球を始め、中学時代は強豪・江戸川中央リトルシニアでプレー。だが山崎は「6番手のショート」でしたと笑う。

 当時指導していた池田颯平氏(現・東京日本橋ボーイズ監督)に確認すると、「いくらなんでもウチにそんなたくさんのショートはいませんでしたよ」と笑うも、「まだ体が小さかったのでベンチ入りの25人には入れない選手でした」と振り返る。

 一方で、「野球でここまでの選手になるとは思っていませんでしたが、なにかしらの大物になると思っていました」と語る。

 とにかく行動力が抜群だった。趣味は「有名人のサイン集め」で、これまでマイケル・ジャクソンからサインをもらったり、ホテルで何時間も待って日米野球で来日していたロビンソン・カノ(当時ニューヨーク・ヤンキース)のサインをゲットしたり、物怖じしない姿勢は今のマウンドさばきからも容易に想像がつく。

 また池田氏が「野球小僧というよりもマニアですね(笑)」と話すように、野球、とくにMLBが大好き。前述したように、投球フォームはリンスカムを参考にしたもので、背番号「44」も大学1年の時にマネージャーから「メジャーリーガーっぽいだろ」と渡されて以来、ずっとそのままだ。

 中学、高校時代と試合に出られなくても「野球をやめようと思ったことは一度もなかった」と語るように、ひたむきに取り組んできた。

 そんな山崎に転機が訪れたのは高校時代。同じシニアの有力選手とセットで入った千葉英和高校で、2年夏までは控えの内野手だったが、新チームとなって挑む秋季大会を前にBチームの試合(二軍戦)で投手陣が軒並み不調。そこで山崎は「投げるのが好きだったから」と、小学生以来となる投手に立候補。

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