「むしろ何の問題があるのか」。女子野球の監督がトランスジェンダー公表で予想外だった周囲の反応 (2ページ目)

  • 森大樹●文・撮影 text & photo by Mori Daiki

 碇がトランスジェンダーであることを知っていたのは、東海NEXUSの球団代表と、ごく親しい友人だけ。親や選手たちにも言えていなかった。それゆえ、人との接し方の部分では難しさがあった。

「現役時代は"女子"プロ野球選手として接しないといけないわけで、お客さんやスポンサーなどとは女性として会話する必要があります。例えば、結婚について聞かれたり。トランスジェンダーである私は全然傷つかないし、何となく対応できていましたけどね。反面、いつもウソをついている気がして申し訳なさを感じるところがあったんです」

 碇がトランスジェンダーを自認したタイミングは明確ではない。いわゆる、ごく一般的な家庭で育ち、松坂大輔に憧れて小学6年で野球を始め、中学では男子に混ざって白球を追いかけた。高校は中学時代の監督の勧めで当時、数少ない女子硬式野球部設置校だった埼玉栄高校に進学している。

 ただ、幼少期を思い返すと「女の子っぽい」ことが嫌いだったという。

「習い事も最初はピアノをやらされていたんですけど、本当に嫌でした。服も幼いころから"女子らしい"ものは絶対着なかったらしく、実際に写真を見ても男の子みたいな格好をしていて。靴も『戦隊モノの青いものを履きたい』と言っていたみたいです。

 でも、物心ついてからも違和感はありながら、あまり気にしていなかったんですよね。だから苦労したことがないと言えば嘘になりますが、そのせいで自分を追い込んだり、否定したりすることはなかったです。中学校でスカートの制服をはかなきゃいけなくなっても『ルールなら仕方ないかな』と思っていました」

 では、なぜ今年の4月までトランスジェンダーであることを隠してきたのか。それは碇自身が「周囲に言ってはいけない」という固定概念にとらわれてきたからだ。親や友人を傷つけ、悲しませるかもしれないと思うと言い出せなかった。そもそも、LGBTQ+について知っている人がどれだけいるかもわからない。

 しかし、そんな悩みも、抱え続けることでいつしか自分の中で"そういうもの"として消化してしまっていた。

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