甲子園史に残る新旧「スーパー1年生コンビ」対決。快進撃の早実を横浜が迎え撃った (2ページ目)

  • 元永知宏●取材・文 text by Motonaga Tomohiro
  • photo by Kyodo News

 大会3日目の8月11日の第2試合。早実と北陽の試合は序盤から早実ペースで進んだ。2時間9分の試合は、終わってみれば6-0で早実の圧勝、荒木はチーム打率3割7分4厘を誇る強打の北陽打線に1安打しか許さなかった。

「それまでは、開会式を含め、ほとんど誰にも見向きもされることなく、自由に動けました。でも、北陽戦が終わったあと、宿舎にバスが横付けできないほどの人だかりができていました」

 2年以上続く「大ちゃんフィーバー」の始まりだった。

 インターネットのない時代、テレビは今では考えられないほどの影響力を持っていた。この試合の観衆は約4万4000人だったが、ブラウン管の向こうの人々がどれだけ荒木のピッチングに魅せられたかわからない。

「試合に勝てば勝つほど騒ぎが大きくなっていき、宿舎からまったく出られなくなってしまいました。僕のせいで騒がれることが、先輩たちに申し訳ないという気持ちが大きかった。救いだったのは1年生が3人ベンチ入りしていたこと。小沢章一は試合にも出ていたので、取材を受けるのはひとりでも、孤独ではなかったから」

 小沢の存在が荒木には心強かった。そのうえ、早実野球部の伝統にも助けられた。先輩が1年生を陰で支えてくれたのだ。

「僕と小沢はレギュラーになっちゃったので、雑用みたいなことはしなくていいと言われていました。それでも、『そういうわけにはいかないから、洗濯物をたたむふりでもしよう』と話していました。

 早実はベンチ外のメンバーが選手と同じ宿舎で洗濯や雑用をするのですが、その先輩たちには『おまえたちに甲子園まで連れてきてもらったんだから。試合でしっかりやれ』と言われました。

 僕が抑えられたのは、マスメディアの力が大きかったんじゃないかと考えています。相手に変なプレッシャーがかかって、勝手にミスしてくれた。僕が騒がれているのを見て、『1年のくせに』とか『舐めるなよ』という気負いもあったんじゃないでしょうか」

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