大阪桐蔭が9回2死からの逆転劇。「何かをやってくれる男」がサイクル安打で奇跡を起こした

  • 田口元義●文 text by Taguchi Genki
  • photo by Okazawa Katsuro

 大阪大会で23打数5安打、打率.217。数字こそ低かったが、5安打のうち3本は準決勝以降に放ったものである。センバツ時から悩まされてきた消音バットに対応しつつあったことは、2安打した樹徳戦で証明している。

「甲子園に入って調子が上がっているのはわかっていたので、『打てる』としか思わなかった。初戦から『甲子園で暴れられる』って」

 事実、反撃の狼煙をあげたのはこの日6番に入った澤村だった。0対3の7回一死から左中間を破る二塁打でチャンスをつくると、7番の白石幸二がレフト前に運んで一、三塁。続く足立昌亮がスクイズを決めて1点を返した。

 だからといって、この1点で大阪桐蔭打線が息を吹き返したわけではなかった。「裏のクリーンアップ」は機能したが、肝心の上位打線が沈黙していたからだ。秋田のエース、サイドスローの菅原朗仁にスライダーとシュートを内角、外角にうまく散らされ、決定機をつくれぬまま試合は9回に突入した。

「アカン! やってもうたぁ......」

 この回先頭で打席に立った4番の萩原は、菅原の初球のスライダーをとらえきれず、ライトへ打ち上げてしまう。ベンチの空気が沈むなか、続く光武敬史もライトフライに打ち取られツーアウト。誰もが負けを覚悟するなか、澤村の脳裏に「敗北」の二文字は浮かんでいなかった。

 身長170センチの小柄な左打者は、もともと大阪桐蔭に入る予定がなかった。兵庫尼崎ボーイズの中心選手ではあったが、部長の森岡正晃の目には「向こうっ気は強そうだけど、打者としては井上や萩原のほうが上。内野手なら元谷(哲也)がいる」と、それほど強く印象に残っていなかった。

「澤村はあんたらのプラスになる選手やから獲っとき。絶対に何かやってくれる男やから」

 兵庫尼崎の関係者に強く説得された森岡は、「そこまで言うなら......」と信じて獲得した。事実、澤村は1年夏からレギュラーとなり、不動のリードオフマンとして大阪桐蔭初の甲子園となるセンバツ出場に貢献した。

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