2020.09.04

記録的猛打から20年。智弁和歌山
OBが語るあの夏の記憶と「根性論」

  • 沢井史●文 text by Sawai Fumi
  • photo by Kyodo News

 終盤、PLの反撃にあうも11対7で破った。この勝利で自信を得たのもつかの間、準々決勝の相手は柳川(福岡)に決まった。同じ年のセンバツでは同じく準々決勝で対戦し、その時は1対0で勝利したが、エース香月良太(元巨人)は大会ナンバーワン右腕と評されるなど、優勝候補の一角に挙げられていた難敵だ。

 試合はリベンジに燃える柳川のペースで進み、7回を終えて2対6。だが8回裏、武内晋一(元ヤクルト)のソロで1点を返すと、一死一、二塁で6番・山野純平が起死回生の3ランを放ち同点に追いつく。後藤がその時を振り返る。

「山野が打った瞬間、球場内がシーンとなったんです。打球がスタンドに入った瞬間、爆発するような歓声が響いて......その時、『これが甲子園か』って鳥肌が立ったのを今でも覚えています」

甲子園通算68勝。智弁和歌山・高嶋監督の壮絶秘話>>

 試合は延長に入り迎えた11回裏。智弁和歌山は二死一、二塁から後藤がサヨナラ打を放ち、激戦に終止符を打った。

「最近の高校生は、速いピッチャーなら145キロを軽く超えてきますよね。自分たちの頃は、140キロに達していれば速いなというレベルでした。それでも香月は自分のなかでは一番のピッチャーでした。智弁和歌山の選手は、6月の猛練習のおかげで夏の甲子園の頃になると疲労が取れてベストコンディションになり、どんな投手でも打てるようになるんです。でも香月は、低いと自信を持って見逃した球もストライクゾーンに入っている。それだけ伸びがありました。高校生であれだけの球を投げられる投手はほとんどいないと思います」

 準決勝で光星学院(青森)を破った智弁和歌山は春夏連続して決勝に進出。夏の頂点を争う相手となったのは東海大浦安(千葉)だった。センバツの決勝では東海大相模(神奈川)に敗れていたため、同じユニフォームの学校には負けられないと、高嶋仁監督をはじめ、全員が意気込んでいた。

 だが、これまでの5試合はリードすれば一度も勝ち越されることはなかったが、決勝は取ったら取り返される展開を強いられた。「流れとしては一番苦しかった」(後藤)と振り返ったが、主将の堤野健太郎の2本の本塁打を含む20安打11得点と打ち勝ち、全国制覇を成し遂げた。