「無観客甲子園」の魔力と稀少なプレー。異例の夏に記者は見た (2ページ目)

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Kyodo News

 原則無観客とはいうものの、厳密には観客がまったくいないわけではない。バックネット裏の中段から上段には、報道陣、スカウト陣(NPB、大学、社会人、独立リーグ)、都道府県高野連関係者の姿が点在した。なお、「3密(密閉、密集、密接)」を避けるため、1試合あたり雑誌媒体のペン記者は1社1名と制限された。

 また、一、三塁側スタンドの中段から上段にかけては、応援する人々もいた。ベンチ入りできなかった野球部員。保護者など1選手あたり5名までの家族。学校関係者。大きな声を出しての応援はできないものの、拍手でプレーを後押しした。勝負どころになると、手拍子が自然発生した。

 スタンドで思い知らされたのは、拍手の魔力である。

 とくに甲子園常連校の明徳義塾(高知)をあと一歩まで追い詰めた鳥取城北(鳥取)は、ベンチ入りを逃した約100名の控え部員と、家族・関係者による大きな手拍子で場内の雰囲気を一変させた。

 仙台育英(宮城)を中盤以降に圧倒した倉敷商(岡山)のスタンドからは「ズッズッチャ」と甲子園の定番応援曲でもある、Queenの『We Will Rock You』風のリズムを刻む手拍子が誕生した。

 甲子園球場には銀傘(ぎんさん)と呼ばれる内野スタンドを覆う巨大な屋根がある。その屋根に手拍子が反響して、ズシンと増幅する。それはバックネット裏にいても圧迫感を感じた。

 アルプススタンドなら銀傘の下に入らないものの、今回はスタンドの観客が内野席中段から上段に座ったため、銀傘の反響が大きかったのだろう。

「甲子園の応援は回る」と語っていた監督がいる。アルプススタンドの応援が徐々に周辺に伝播していき、グラウンドを取り囲むという現象だ。バックネット裏に座る、本来は「中立派」の立場の人まで手拍子に加担してしまう。この正体は、銀傘の反響なのではないか。例年より少ない観衆でも拍手の力を実感して、そう感じずにはいられなかった。

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