「学校行事の悲劇」から1年。国士舘の主砲は新スタイルで甲子園に挑んだ (2ページ目)

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Ohtomo Yoshiyuki

 また、武道大会は今年から対戦形式ではなく、お互いに技の型を見せ合い、教員が型の良し悪しを判定する形式に変更になった。「ガチンコで勝負することを楽しみにしている人もいたので......」と黒澤はすまなさそうに語った。

 だが、待ちに待ったセンバツは新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けて中止に。5月には夏の甲子園の中止も発表された。黒澤は落胆しつつも、「甲子園はあきらめて、大学で頑張ろう」と気持ちを切り替え、木製バットでの練習を始めた。

 その後、センバツ出場権を得た高校への救済措置として2020年甲子園交流試合の開催が決定したことで、黒澤は再び金属バットに持ち替えて練習するようになる。

 磐城(福島)との交流試合が始まり、黒澤が甲子園のバッターボックスに入ってすぐ「異変」に気づいた人は多かったかもしれない。黒澤の構えが大きく変わっていたからだ。

「小さなボンズ」の異名をとる黒澤は特殊なバッティングスタイルの打者としても知られている。打席でしゃがみ込むくらいに重心を低くして構え、下から角度をつけるようにして、バットを振り上げる。身長168センチ、体重72キロの小兵とは思えない豪快なスイングを見せていた。

 だが、甲子園での黒澤はヒザを深く折り曲げることもなく、重心を高くして構えていた。今までの変則な構えではなく、「普通」寄りの構えである。

 試合後、黒澤は「木製バットを振り過ぎてバランスを崩したので、試行錯誤して臨みました」と明かした。

 黒澤は独特な感性を持った打者だ。チームメイトが黒澤の打撃論を尋ねても、核心部分になると口をつぐんでしまうという。黒澤は「これだけは、という自分だけのものがあるので」とこだわりを口にする。

 国士舘の永田昌弘監督は、黒澤についてこう語っていたことがある。

「僕は、バッティングは天性だと思っているので、あまりうるさく言わないようにしているんです。彼のバッティングは本人とお父さんが一緒につくり上げてきたバッティングです。壁に当たって本人が聞いてきたらアドバイスはしますが、なるべくいじらないようにしています」

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