広島新庄、名将のあとを継ぐ難しさ。青年監督が守る伝統と新たな挑戦

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Ohtomo Yoshiyuki

◆「史上最悪の大誤審」。当事者が明かす大荒れ試合の記憶>>

 33歳の青年監督は真っ黒に日焼けした顔をほころばせて、会見場に現れた。

「選手がよく頑張ってくれました。そのひと言です」

 2020年甲子園交流試合2日目第1試合、天理(奈良)と広島新庄(広島)の一戦は広島新庄が4対2で勝利した。

 天理は昨秋、大阪桐蔭を12対4で破って近畿大会チャンピオンに輝いた名門である。明治神宮大会でも強打を見せつけた強敵を退けた広島新庄だが、指揮したのは今年3月に就任したばかりの新米監督だった。

甲子園交流試合で天理に勝利した広島新庄の宇多村監督(写真左)甲子園交流試合で天理に勝利した広島新庄の宇多村監督(写真左)「迫田前監督からは『甲子園はあっと言う間だよ〜』と言われていたんですけど、本当にあっという間に終わってしまいました」

 2007年から広島新庄の監督を務め、広島で屈指の強豪に育て上げた迫田守昭が退任。その後釜を担ったのが、宇多村聡だった。

 迫田が広島商監督を務めた時期の教え子であり、高校3年夏には岩本貴裕(元広島)とバッテリーを組んで甲子園に出場している。広島新庄へは、迫田から「部員も増えて大変だから、手伝ってくれ」と誘いを受けてコーチに就任。指導者としても薫陶を受けた。

 前任者が偉大であればあるほど、後任は苦労するものだ。蔦文也の池田(徳島)、尾藤公の箕島(和歌山)など、長らく率いた名物監督が退いたのちに一時的に低迷してしまう高校は珍しくない。

 迫田は初めて広島新庄を甲子園へと導き、田口麗斗(巨人)、堀瑞輝(日本ハム)らドラフト上位でプロに進む選手も育成してきた功労者だ。迫田穆成(元如水館監督/現・竹原監督)との「迫田兄弟」は、広島の高校野球ファンで知らぬ者はいない。引き継ぐ宇多村にのしかかる重圧も相当なものがあるだろう。

 筆者が宇多村の存在を知ったのは、堀を擁して出場した2016年夏の甲子園だった。失礼ながら、最初は名前すら知らなかった。だが、広島新庄のシートノックを見て、その美しいノックバットさばきに魅了された。

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