打ち砕かれた「親子で甲子園」の夢。山村宏樹は息子の成長に救われた (3ページ目)

  • 田口元義●文 text by Taguchi Genki
  • photo by Taguchi Genki

2014年から母校である甲府工のコーチを務める山村宏樹氏(写真左)2014年から母校である甲府工のコーチを務める山村宏樹氏(写真左) そして、本人にとって酷だと知りながら、あえて聞いた。

「指導者としてではなく親として、よりによって、なんで今年なんだと思うことはなかったのか」と。すると、宏樹は即答した。

「思いましたよ。今でも思います。保護者会の会長とも話すんですけど『この苦しみ、悲しみは当事者にしかわかりませんよね』と。そうはいっても、何も始まらないこともみんなわかっているんです。親はそういう感情を出さないで、子どもたちに次の目標を与えて、導いてあげないといけないんです」

 甲府工野球部は、6月第2週から活動を再開した。1週間は1日30〜40分程度の自主練習という形だったが、宏樹は選手たちに自由を与えず「今日はノック」「明日はバッティング」とチーム全体練習を行なった。それが、スポーツができる喜びを再確認し、チームの結束力が高まることにつながると思ったからだ。

 6月25日、47都道府県で最後に山梨県の代替大会の開催が決まった。例年のように、万全の準備で臨めるわけではない。しかし、貫太が言っていたように、チームの本気度は昨年を上回るほど熱を帯びている。

「優勝して悔しがる」

 これが、チームの合言葉だ。貫太が言う。

「だって、優勝しないと『甲子園には行けなかったけど......』って言えないじゃないですか」

 心身ともに逞しくなった貫太は、不動の1番打者として7月23日の日大明誠戦に臨む。初陣を目前にし、父への想いを語った。

「僕が工業で野球をやりやすくしてくれたのは、やっぱり父がいたから。チームのみんなに親身になって接してくれているし、保護者の方たちとも仲良くしてくれて......。父が近寄りがたい存在だったら、僕だってそうなっちゃうじゃないですか。そういう環境で野球をさせてくれて、本当に感謝しています。みんな『山さん』って慕っていますからね。多分、父は知らないと思いますけど(笑)」

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