大阪桐蔭の応援団長が「パワプロ」で覚醒⁉新記録樹立でドラフト候補へ (3ページ目)

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Ohtomo Yoshiyuki

 大阪桐蔭は毎年約20名の野球部員を迎え入れる。だが、いくら本人が入りたいと希望しても、年間数十名の中学3年生が入部を断られている。大阪桐蔭の野球部に入るということは、それだけハードルが高いのだ。

 しかし、あまり高校野球を見ていなかった大石にとって、大阪桐蔭は「藤浪(晋太郎/阪神)さんと森(友哉/西武)さんがいたチーム」くらいの認識しかなかった。さらに自分の力がエリート校で通用するとも思えなかった。それでも悩んだ末に、大石は大阪桐蔭に入学する道を選ぶ。

「桐蔭は全国トップクラスの20人が厳選されて入ってくる。たとえレギュラーになれなくても、人生の経験として生きてくるやろう」

 だが、入学して早々に、大石は現実を思い知らされる。

「『俺は野球がうまいから桐蔭に来たんや』みたいなやつばかりで、うわ、やべぇところに来たな......と」

 高山優希(現・日本ハム)ら同期には好左腕が複数おり、大石は入学早々に「持ってるものが違う」と悟る。左肩を痛めたこともあり、すぐ外野手に転向した。

 1年生部員は学校から生駒山のグラウンドまで、ランニングして通わなければならない。「ほぼ登山」という練習前のトレイルランで、大石はいつも最下位だった。

「最初は生きていくので精いっぱいでした」

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