2020.01.29

ロッテ種市の元ライバル・八戸学院大の
中道佑哉が屈辱を糧に急成長!

  • 永田遼太郎●文 text by Nagata Ryotaro
  • photo by Ohtomo Yoshiyuki

 当時の中道について、正村監督はこう振り返る。

「中道を最初に見たのは、彼が高校の時です。高校3年の5月に(八戸学院)光星と練習試合をやったんですけど、ボコボコに打たれましたね。試合後に『教えてください』と言うので教えました。そこから夏の大会までの2カ月ですごくよくなったと(野辺地西の)監督から聞いていて、本人にも尋ねたら『ここで教えてもらってからよくなった』と。それでうちの合同練習会(セレクション)にも来てもらうことにしました」

 その合同練習会でも技術的なアドバイスを送ると、ボールは勢いを増し、フォームも見違えるほどよくなった。

「体を鍛えれば大丈夫じゃないかと思って、それで獲ることにしたんです」

 だが八戸学院大に進学すると、中道は大学野球のレベルの高さに圧倒された。

 のちに巨人にドラフト1位で指名される2学年上の高橋優貴や1年春のリーグ戦で開幕デビューを果たした同級生の大道温貴、彼ら以外にも高校時代に一度は聞いたことがある名前の選手が揃っており、気おくれすることもあったという。

「ここに来た当初は、2年生からベンチに入れればいいかなって感じでした。周りの選手を見ても、『うわっ。すごい選手ばかりだ!』って」

 中道は体の線もほかの投手に比べると細かった。正村監督が言う。