六本木のバーテンダーから甲子園へ。PL魂を受け継ぐ男の波乱万丈記 (4ページ目)

  • 井上幸太●文 text by Inoue Kota
  • photo by Inoue Kota

 指導者としての初甲子園は、それから2年後の2013年。高校3年以来の聖地に立ったとき、今まで歩んできた流浪の人生が頭を駆け巡った。

「言葉では言い表せないような感動でした。選手で出場したとき以上の感動で、これ以上の喜びはないとも感じました。同時に社会人野球で味わった挫折や、その後職を転々としたときの思い出や感情も一気に思い出されてきました」

 2015年、そして今夏も甲子園出場。谷本にとって3度目の夏となった今年、高岡商と延長10回にもつれ込む熱戦を繰り広げたが、4-6で敗戦。試合後、谷本は放心状態になるほどの悔しさを味わった。

 今夏を戦うなかで、谷本の脳裏に焼き付いているシーンがある。島根大会の決勝でのことだ。

「延長13回、相手の開星に勝ち越しの2ランホームランを打たれました。選手たちがベンチに戻ってきたときに末光監督が『伝説がはじまるで!』と声をかけていたんです」

 その言葉どおり、13回裏に3点を奪っての逆転サヨナラ勝ちで甲子園を決めた。末光の言葉と高校時代の恩師の言葉が、谷本のなかで重なった。

「高校3年の夏、大阪大会の準決勝で、延長10回表に2ランで2点を勝ち越されたんです。裏の攻撃の前に、中村順司監督が『この攻撃が語り草になるぞ!』と話されて。『あ、あの時と一緒や』と試合後に思ったんです」

 そして、こう続けた。

「末光監督も私もPL学園出身ですが、生徒違いますし、『自分たちがPLと同じように教えよう』とは考えていません。それでも、今年の夏を振り返ると、やっぱり自分たちのなかにPLで過ごした経験が息づいているのかな、と思わされました」

 現在休部中のPL学園野球部について、こう思いを語る。

「復活してほしいな、とは思いますね。やっぱり。強くなくてもいい。ただ存在して、活動していてほしい。それだけでも意味のある存在だと思うので」

 一度は自ら野球と距離を置いたが、今は「もう離れたくないし、手放したくないですね。絶対に」と噛みしめるように言葉をつないだ。

 紆余曲折の末、自分を熱くさせる場所に気づいた青年は、これからも野球に向き合い続けていく。

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