悲劇じゃなく希望。スーパー小学生投手は6年後に野手で甲子園に出た (3ページ目)

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Ohtomo Yoshiyuki

 聖光学院は海星と接戦を繰り広げたが、岡戸の出番は一向に訪れないまま、イニングは過ぎていった。そして聖光学院が1対3とビハインドで迎えた9回裏。三塁側ベンチ前で斎藤智也監督に左肩を強く押され、代打を告げられた岡戸が左打席へと向かった。

 甲子園球場に詰めかけた3万8000人のうち、岡戸が小学生時代に逸材と言われていたことをどれだけの人が知っていたのだろう。バットヘッドをクルクルと回し、すり足でタイミングを取る岡戸は、甲子園の登場人物のなかでも脇役のひとりに過ぎなかった。

 カウント2ボールからの128キロのストレートを岡戸は強振する。打球は力なくセンターのグラブに収まったが、岡戸は二塁ベースまで全力疾走で駆けた。

 敗れた試合後、岡戸はこらえきれない涙をぬぐいながら取材に応じてくれた。

「スタメンじゃなかったことの悔しさは全然ないんです。力はみんな同じですし、ベンチで『自分の代わりに出てくれている』と思って見ていました。みんなの力を信じていましたし、よくやってくれて感謝しています」

 今後のことを聞くと、「大学で野球を続ける予定はありません」と言う。それは新たな夢ができたからだ。

「柔道整復師になりたいので、専門学校に行きたいんです。自分がケガをした時に通っていた病院の先生が、的確にアドバイスしてくれるのを見て憧れが生まれました。僕も選手の体をケアしたいと思っています」

 もうプレーヤーとしてはやりきったのか。そう尋ねると、岡戸はきっぱりと「悔いはありません」と答え、こう続けた。

「この試合の前に、親に手紙を書いたんです。小学校1年生から野球を続けさせてくれて、今まで迷惑をかけて、道具を買ってくれて、何ひとつ不自由なく生活させてもらえて......。本当にありがとうございました、と。必ず恩返ししたいと思っています。今までは人に生かされてきた立場でしたが、今度は自分が人を生かせるようになりたいです」

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