2019.08.04

佐々木朗希の登板回避にあらためて
思い出す大谷翔平を育てた監督の言葉

  • 佐々木亨●文text by Sasaki Toru
  • photo by Kyodo News

 大船渡は夏の戦いに向けて、佐々木に次ぐ投手の育成に力を入れてきた。なかでも成長著しい大和田健人、和田吟太は、佐々木を温存した準々決勝の久慈戦をふたりで投げ切り、チームに勝利をもたらした。

 だが決勝戦、先発のマウンドを担ったのは、大会初登板となった柴田貴広だった。対戦相手の戦力を分析しての起用とも言えるが、失点をいくら重ねても大和田、和田がマウンドに上がることはなかった。その投手起用について、大船渡を応援するスタンドから激しいヤジが飛んだ。

 それだけに試合直後に感じた「切なさ」を思い浮かべるたびに、チームのあり方、チームづくりの難しさを、あらためて思い知らされた。

 奇しくも、大船渡の決勝の相手となったのは、菊池雄星(マリナーズ)、大谷翔平(エンゼルス)らを輩出してきた花巻東だった。チームを率いる佐々木洋監督にとって、今やメジャーで活躍するふたりの逸材との出会いは、喜びだった。

 とはいえ、佐々木監督に不安がまったくなかったわけではない。

「はじめは怖さしかなかったですね」

 大谷翔平との出会いを、佐々木監督はそう振り返ったことがある。秘めた才能を自らの指導によって潰してしまってはいけない。そんな不安と重圧……ときには恐怖にも似た感覚を佐々木監督は経験している。

 大谷は高校入学の時点で身長は190センチ近くあり、しかもまだ成長段階にあった。タテに伸び続ける体は希望の証でもあるのだが、同時に脆さも同居していた。わずかな衝撃や過度な負荷によって、大きなケガにつながる危険をはらんでいる。大谷の将来を考え、その歩みを慎重に見定めていった。佐々木監督の言葉を思い出す。

「ケガの治療も大事ですが、今は予防の時代になっていると思います。ほかの選手も同じようにしますが、体がタテに伸び続けていた大谷には、ケガをする前に……と思って、入学してすぐに体の検査をしました。すると大谷の体には、まだ骨端線(体の縦軸方向に関係する骨の先端付近の軟骨層)が残っていた。要するに、骨が成長段階にあると告げられました。いたるところに骨端線が残っていて、過度なストレスはかけられないということでした。ドクターやトレーナーと相談しながら、3年間の育成方針とトレーニング内容を慎重に考えて進めるようにしました」