野球人生の転機。本気で引退を考えていた投手は1年でエースに成長した

  • 高木遊●文 text by Takagi Yu
  • photo by Takagi Yu

 センバツ甲子園準優勝の習志野に611安打5失点と打ち込まれ、チームも18と敗戦した千葉大会決勝の試合終了後。スタンドへのあいさつを終えると、ノーシードからの快進撃の立役者である八千代松陰・川和田悠太は、その場で泣き崩れた。

「単純に悔しかったんです。『頑張ってね』と応援してくれた地域や近所の方、昨日電話をくれたおじいちゃん、おばあちゃんの期待に応えられなかったと思うと......」

 それは常に飄々としたマウンドさばきで、強豪校の打者たちを翻弄してきた姿とは対照的な姿だった。それでも川和田はこの夏、かけがえのない経験を積むことができた。

チームを21年ぶりの決勝へと導いた八千代松陰のエース・川和田悠太チームを21年ぶりの決勝へと導いた八千代松陰のエース・川和田悠太 ちょうど1年前。何を投げても打たれ、選手として限界を感じていた。「率先して道具を運んだり、みんなに愛される子です」と大木陽介部長が語るように、川和田は裏方の仕事もいとわず、本気でマネージャー転身を考えていた。

 しかし「僕の人生を変えてくれた先生。神様には逆らえません」と、二宮中学時代の恩師である長岡尚恭(なおやす)監督が引き留めてくれた。

 中学時代、川和田はサイドスローにしていた時期があり、打撃投手をしていた際も対戦相手対策としてあらゆる投げ方をするなど、器用なところがあった。そこで「どうせ辞めるなら......」という気持ちで本格的にサイドスロー転向を決意。それが川和田の高校野球人生を変える大きな転機となった。

 そしてこの冬は「心を入れ替えました」と練習に励んで手応えをつかんでいくと、今春からエースナンバーを背負うことになった。

 チームは、昨年秋は1回戦、この春は2回戦で敗れていたが、それでもこの夏の目標は「準決勝進出」だった。4回戦で春の千葉大会準優勝のAシード校・専大松戸と対戦。川和田は130キロ台のストレートとスライダーを中心に両サイドに投げ分け、6安打完投。優勝候補を5対1で破る大金星をあげた。「これで最後かもしれない」と、選手や家族の誰もが覚悟していたが、まさかと言っていいほどの快勝だった。

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