「サイン盗み騒動」→星稜監督が復帰。奥川恭伸は驚異の制球を見せた (2ページ目)

  • 楊順行●文 text by Yo Nobuyuki
  • 大友良行●写真 photo by Ohtomo Yoshiyuki

 その間、県大会やこの北信越大会は、山下智将部長が監督を代行することになる。異例の抗議、そこから派生した騒動、そして指揮官不在という非常事態に、選手の動揺はなかったのか。山下監督代行が言う。

「う~ん......あったかもしれませんね。ただ、その件についてはミーティングをひんぱんにやりましたし、選手間でも意図的に話し合いを多くしたようです」

 そしてそれにより、「考えた会話やコミュニケーションが多くなり、自分たちで動く自主性や心のつながりが養われたと思います」と語るのは、主将の山瀬慎之助だ。5月20日には、林監督の処分が6月5日に解けることが決まり、いわば一連の騒動にケリがついて臨んだのが、この北信越大会だった。

 春の北信越は3連覇中、秋を含めれば昨年春から2季連続優勝の星稜。3年生は、「2年生に(来年)5連覇のプレッシャーを与えよう」と声をかけ合って臨んでいた。

 その言葉どおり初戦突破のあとは、奥川以外の投手陣が力を見せ、東海大諏訪(長野)、富山第一を撃破。敦賀気比(福井)との決勝は、中2日で奥川が登板すると、7安打1失点、11三振で完投勝利。春4連覇、3季連続の優勝を達成した。

 圧巻だったのは、高校通算30本塁打の敦賀気比・木下元秀との勝負だ。4回、左中間に三塁打を浴びて先制を許すと、「悔しかった。倍にして返してやろう」と6回二死三塁の場面ではすべて直球勝負で空振り三振。8回のピンチでも150キロを2回計時して空振り三振に仕留めた。

 接戦続きの優勝に山下監督代行は言う。

「苦しい試合ばかりでしたが、向上心を持って取り組んだ成果。夏は奥川ひとりでは勝てませんし、ほかのピッチャーが頑張ってくれた。チーム力は上がっていると思います」

 これで星稜は、平成最初の1989年春、平成最後の2018年秋、そして令和最初のこの春と、いずれも節目の北信越大会を制したことになる。なんとも縁起のいい話である。

 6月5日には、当初の発表どおり林監督が復帰。悲願の全国初制覇に向けて、再スタートを切った星稜ナイン。夏の石川大会は7月12日に開幕する。

2 / 2

関連記事

キーワード

このページのトップに戻る