2019.05.07

名門に異変。ダルビッシュの母校が
ユニフォーム一新で再建を目指す

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Kikuchi Takahiro

 富澤監督はかつて、東北の主将として1985年の甲子園に春夏連続出場している。佐々木主浩(元マリナーズほか)とバッテリーを組む捕手で、チームメイトには他にも内野手兼控え投手に葛西稔(元阪神)もいる強力チーム。甲子園では春夏ともベスト8まで進出している。富澤監督はその後、立正大、社会人の朝日生命へと進み、引退後は立正大のコーチを務めていた。

 富澤監督が母校の監督に就任した背景には、近年の東北野球部の低迷がある。2010年以降の甲子園出場は春1回、夏1回のみ。以前は「2強」と言われたライバル・仙台育英に大きく水をあけられている。

 富澤監督の就任とともに、富澤監督の恩師であり、かつての名将・竹田利秋氏がアドバイザーとして東北に復帰した。そんなタイミングでのユニフォーム変更は、名門再建への強い意思表示ともとれる。

 だが、新体制の船出は順風満帆とはいかなかった。春の地区予選では2回戦で仙台三に5対7と苦杯を喫し、敗者復活戦へと回ることになった。

 仙台市民球場での敗者復活戦の試合前、東北の選手たちはキャッチボールの時間中に他校のように遠投をせず、塁間の短い距離をしっかり投げる練習を繰り返した。さらにベンチ前での軽いノックでは、選手間で「グラブを下に着けて!」「下から、下から!」という掛け声が飛んでいた。実戦的かつ、基礎的な動きを丹念に確認しているように見えた。

 富澤監督に聞くと「守備も打撃も特別なことはしていませんが、とにかく基本を日々徹底しています」という答えが返ってきた。仙台工業との試合は投打が噛み合い、10対0のコールド勝ちを収めた。

 とくにエース左腕・石森健大は被安打1、奪三振4の完璧に近い投球を見せた。富澤監督は「ストレートは130キロ台後半でしょうけど、持っているものはすばらしい」と潜在能力を高く評価する。弾力性のある腕の振りから放たれるストレートは、打者の手元でより加速するように見える。

 しかし、仙台三戦ではその石森がつかまった。富澤監督は「石森の自滅でした」と振り返り、こう注文をつける。

「まだ大事な試合で力を発揮できていません。石森の場合は技術よりも気持ち。エースとして精神的に強くなってもらわないと困ります」