池田との対決から36年。甲子園
「伝説の剛腕」が高校野球に帰ってきた

  • 井上幸太●文・写真 text&photo by Inoue Kota

「プロとして野球に取り組んできた以上、いいかげんなことは教えられないと思っています。自分の指導で『元プロの指導もたいしたことないな』と思われたら、今後指導者を目指す後進の妨げにもなってしまう。技術はもちろん、自分の人生経験も伝えることで『しっかりと技術も学べるし、人間形成にもつなげてくれる』と思ってもらえるようにやっていきたいですね」

 選手として、2年春夏、3年夏の計3度甲子園出場。指導者として再び目指す甲子園は、野中にとってどんな場所だったのか。

「憧れの存在であり、『甲子園で活躍をして、プロへと進む』という幼少期に抱いたサクセスストーリー、夢を実現させてくれる場所。それが僕にとっての甲子園でした。ピンチの場面や強打者との対戦だったり、それぞれのシーンで緊張感を味わったことは当然ありましたが、『自分の力を出せるのだろうか』といった不安を感じたりはしなかった。あるのは『自分のピッチングで周りを驚かせてやろう』というワクワク感だけでした。『最高の舞台で結果を出すために練習してきた』という自負もありましたし、出雲西の選手たちにもそれだけの自信を持てるような技術や考え方を身につけさせたいと思いますね」

 続いて、のべ13試合を戦ったなかでの最も印象に残った試合、対戦を尋ねると、こう答えが返ってきた。

「ひとつひとつの試合にそれぞれ印象的な場面や対戦があったので、『この試合!』と限定するのは難しいですね(苦笑)。ただ、今でも心残りなのが、2年春、夏両方で準決勝敗退だったこと。全国でたった2校だけが挑戦できる決勝戦という舞台、日本中が注目する試合を戦うという目標を掲げて練習していたので、そこに辿り着けなかったのは本当に悔しかった。印象に残っているとは少し違うかもしれませんが、高校野球を振り返った時に思い出されるのはそこですね」

 高校時代の野中が思いを馳せた甲子園の決勝。これは島根県勢にとっても春夏通じて未踏の領域でもある。降雪量がかなり多いというマイナス材料もある地域だが、野中はどう感じているのか。

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