2018.09.14

斎藤佑樹らを育てたアマ球界の巨匠が、
8年ぶりに現場復帰を決めた理由

  • 井上幸太●文・写真 text&photo by Inoue Kota

 約1カ月をともに過ごした選手たちをこう表現し、應武は言う。

「野球の世界に限らず、最近の若者って『立派だな』とも思うんですよ。周りが見えているし、すごく自然に感謝の気持ちを伝えられる。自分の若い頃なんて、ただガムシャラにやるだけで、自分のことしか見えてなかった。逆に、感謝の気持ちを伝えられる人だから結果を出している、とも言えるのかもしれませんね。崇徳の現役部員も、そういう気持ちを持っている子たち。だからこそ、勝たせてやりたいんですよね」

 社会人野球、大学野球、そして高校野球という流れの自身の歩みを交えて、今後の意気込みを語る。

「新日鐵君津で監督していた頃の千葉は、NTT関東(1998年廃部)と川崎製鉄千葉(現JFE東日本)が2強。そのなかで、君津は”1弱”の存在でした。近年の広島県は、広陵と広島新庄が2強として君臨している。この2校がNTT関東、川鉄千葉だとすると、崇徳は君津。今のまま戦っても10回戦ったら9敗、100回で99敗すると思います。

 でも、かつて君津が都市対抗に出たり、早稲田を率いていた時には『負けるはずがない』と言われていた東大に負けたこともあった。『勝負に絶対はない』ということは、私自身、身をもって体験してきましたから。ここぞの1勝を公式戦で出せるようにやっていきますよ」

 練習の合間に今夏の甲子園を見るなかで、ひとつ目に留まった光景があったという。開幕戦でのことだ。

「開幕試合の始球式の担当が松井秀喜さんで、その試合を星稜(石川)が引き当てた。大スター始球式の後に、母校の後輩たちがグラウンドで戦う。それだけでもドラマチックなのに、試合後の校歌斉唱の時に松井さんも口ずさんでいた。あの一瞬だけは巨人の4番でも、メジャーリーガーでもなく、『星稜の松井秀喜』になっていた。その光景が眩しくってねえ、高校野球の”原点”を見たような気がしました。崇徳のOBたちにも、その瞬間を味わってほしいと思うんですよね」