2018.05.18

プロ入りゼロの玉川大に謎の151キロ右腕。
来年ドラフト指名はあるか

  • 松本英資●文 text by Matsumoto Hidesuke

 だがこの試合のあと、投げ込みすぎがたたり、痛めていた右肩を悪化させてしまう。結果、昨季のリーグ戦前半は投げることができなかった。

「その反省から、今年は投げ込みよりもまず走り込んで、体のキレを磨き、シーズンを通して戦える体力づくりに専念しました。それに、昨年末からウエイトトレーニングのほかに、イチローさんがやっている初動負荷のトレーニングも始め、体の柔軟性が増し、右肩の可動域も広がりました。今までにない手応えを感じていますし、自己最速を更新して155キロを目指したい」

 夢はもちろん、プロ野球選手になることだ。それゆえ樋澤良信(ひざわ・よしのぶ)監督は、山田に厳しい注文をつける。

「実はあの試合の後、三軍監督(現・巨人二軍監督)の川相昌弘さんから『試合前はウチがコールド勝ちすると予想していたら、凄いピッチャーがいるじゃないですか』とお褒めの言葉をもらったんです。たしかに、ナイスピッチングだったと思いますが、長年、プロ野球選手の指導・育成をしてきた私の経験則から言わせてもらうなら、山田はまだ気持ちが甘い。

 もっと自分に厳しさをもって練習しないと......。『上(プロ)を狙う選手は自分に厳しく、日々の練習でも工夫しながら努力を重ねているよ』と、山田に言っています。素材的にはいいものがあるし、ストレートももっと速くなるでしょう。ただ、最大の課題は精神面。まだまだ心許ない」

 樋澤監督は1971年にドラフト4位で巨人に入団。現役引退後、巨人の守備・走塁コーチやチーフスコアラーを歴任し、さらにジャイアンツ寮の寮長を任された。坂本勇人や長野久義など、のちに巨人の主力となる選手たちを手塩にかけて育てた経験を持つ。

 2010年に巨人を定年退職すると、2015年に玉川大学の監督に就任した。樋澤監督の任期は5年。つまり、山田の卒業と同時に樋澤監督も野球部を去る。それまでに悲願の1部リーグ初昇格を目指す。

 その樋澤監督からのアドバイスを山田は神妙な面持ちで受け止める。

「野球に取り組む姿勢に甘さがあるという監督の指摘は、その通りだと思います。厳しい練習に裏打ちされた技術面の向上がない限り、プロへは行けない。目標を成し遂げるために、今まで以上に練習をする覚悟です」