ドラフト1位の残像。一軍登板ゼロの辻内崇伸が、クビを覚悟したとき (3ページ目)

  • 田崎健太●文 text by Tazaki Kenta
  • スポルティーバ●写真 photo by Sportiva

―― 注目を集める一方で、度重なる肩やヒジの故障により思うような成績を残すことができませんでした。

「野球やっている人はみんなそうだと思うんですけれど、古傷はいっぱいあります。僕もちょくちょく痛めるけど、軽度で終わっていた。でも、プロに入ったら毎日投げる。痛くて投げないとケガ人にされてしまう。お金をもらっている以上、野球をしなきゃいけない」

―― 2年目の2007年にトミー・ジョン(靱帯再建)手術を受けました。

「春季キャンプで10球くらい、ヒジが痛いまま投げていました。『ああーっ』て叫びたいぐらいの痛み。(後日、キャンプから離れて)病院をいくつか回ったら、靱帯がないと言われたんです。靱帯が切れていると。手術の後、151キロ出たんですけど、次の日は激痛で投げられない。リハビリをして良くなるんですが、投げるとまた痛くなる。その繰り返しでした」

―― 手術後も度重なる故障に悩まされました。何が原因だったんでしょうか?

「プロ入り5年ぐらいで結果が出てなければクビになる。だから(秋の)フェニックス・リーグに行く前に、肩とヒジに痛み止めを打ってもらいました。でも秋に無理をするから、翌年はキャンプ前の自主トレからずっと痛い。どうしようと思っているうちにキャンプが始まる。初日から投げないといけない。痛みが出る。無理するところが違ったんですよ」

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