広陵・中村奨成に「本当の仕事」をさせず。花咲徳栄は魔物を知っていた (2ページ目)

  • 田尻賢誉●文 text by Tajiri Masataka
  • 大友良行●写真 photo by Ohtomo Yoshiyuki

 それが本塁打なら最高だが、そうでなくても構わない。2対4とリードされた聖光学院戦の6回表にセンター前に同点打を放って空気が変わったように、中村が打つと、チームも、スタンドも盛り上がるからだ。まして、今大会は、どんなに点差が離れていても、1点入るだけで観客が異様に盛り上がる傾向があった。

 では、決勝で中村に打点を挙げるチャンスはなかったのか。

 そんなことはない。初回からあった。2点を先制されて迎えた1回裏。一死から2番の吉岡広貴がヒットで出塁。ここで、中村がレフト線に二塁打を放った。花咲徳栄のレフト・西川愛也は右大胸筋断裂の影響でボールを強く投げられない。この試合の5回に吉岡が左中間に二塁打を放ったときは、ボールを捕った西川が自ら返球せず、センターの太刀岡蓮にトスして送球を託したほどだ。西川のところに打球が飛べば、多少無理と思われるタイミングでもセーフになる。中村の打球がレフト線に飛んだ時点で、1点は確実と思われた。

 ところが、一塁走者の吉岡は三塁でストップしてしまう。

「ずっと回していました。でも、声が通らなかったのか、吉岡に伝わってなかった。止まった後、吉岡に『今のいけた?』と聞かれたんですけど、『余裕でいけた』と言ったぐらい。今までも同じように指示してきて、声が通らなかったのはこれが初めてです」

 そう言って悔しそうな表情を見せたのが、三塁コーチャーの猪多善貴。もちろん、吉岡も同じだった。

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