あの「離島の名将」が縁もゆかりもない
大分で誓う、甲子園への再挑戦

  • 加来慶祐●文・写真 text&photo by Kaku Keisuke

 現在、日本文理大付の野球部には1、2年生36人が在籍している。この時期、最大で20名前後だった八重山商工と比較すると、一気に倍近い"大所帯"の主となった。伊志嶺監督は寮監として選手たちと寝食をともにしながら、各選手の個性把握に努めている。

「野球に対する意識は、間違いなく日本文理大付の子の方が上。常に競争意識がある。向こうでは普通にやっていようが、手を抜いていようが、レギュラーの座は転がり込んでくる。こっちでは手を抜いた時点で脱落だから」

 野球をするための環境や選手たちのレベルなど、選手たちを育む土壌そのものが激変した中で、伊志嶺監督はどのようなチームづくりを推し進めていこうとしているのだろうか。

「基本的に自分がやってきた"量をこなす練習"が変わることはない。八重山商工のスタイル云々ではなく、それが僕のやってきた野球だから。ただ、ここは結構な"大所帯"。そのなかで自分の野球がどれほどできるのかは、たしかに未知数だね。グループ分けしてローテーションを組みながらやっていくなど、試行錯誤は続くでしょう。もちろん僕の身上でもある"攻撃力重視の野球"を突き詰めていきたいけど、それが可能かどうかも見極めていかないと」

 2017年4月には日本文理大からスタッフが派遣されてくることになっているが、それまでは伊志嶺監督ひとりで現場を切り盛りしていかなければならない。伊志嶺監督にとっても未知の領域で、先の見通しも簡単に立たないだろう。それでも「やるべきことが山積みだよ〜」と言って、トレードマークのスキンヘッドをかく伊志嶺監督には、不安を感じさせない嬉々とした表情が浮かんでいる。

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