「ヒグマの親分」に導かれた甲子園。クラーク国際が踏み出した一歩 (6ページ目)

  • 田尻賢誉●文 text by Tajiri Masataka
  • 大友良行●写真 photo by Ohtomo Yoshiyuki

「ガハハ」と笑った佐々木監督。目指すのは、かつてのヒグマ打線に負けないシン・ヒグマ打線。打って打って打ちまくり、北海道の野球を変える。

「クラークを甲子園に連れて行きたかった。それと同時に、駒大岩見沢の人間の母校をつくりたかった」

 廃校となり、帰る場所を失った教え子のために、クラークを第二の母校にしたいという思いもある。新天地で初采配となった聖光学院戦では7回までリードを奪う健闘も、8回表に逆転されて無念の敗戦。初勝利は持ち越した。その聖光学院戦で登板した1年生左腕の安楽裕太郎の父は駒大岩見沢のOB。同じグレーのユニフォームを着て、吠えて、打って、勝つ。それこそが、ヒグマの子分へのメッセージになる。

"ヒグマの子分"たちが親分のもとを訪れるようになるためには、一度の甲子園だけでは物足りない。歴史を作るのはこれから。何度でも、この舞台に戻ってくる。

"ヒグマの親分"は勝ちすぎて妬まれるぐらいがちょうどいい。

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