2015.10.12

都立小平の120キロ右腕になぜ早実は苦しんだのか?

  • 菊地高弘●文・写真 text&photo by Kikuchi Takahiro

 それでも、小平の石田幹雄監督には「ロースコアの接戦に持ち込める」という自信があった。小平は石田監督の就任以来、西東京の都立校で屈指の実績を残している。グラウンドはサッカー部や陸上部との共用で、全面使用できるのは週に1度だけ。それでも2005年以降の夏の大会で、ベスト4に2回、ベスト8に2回も進出している。

 先発投手に起用されたのは、背番号「10」をつけた1年生右腕・太田勇人だった。身長174センチ、体重62キロ。細身の体で、ストレートの最高スピードは「3カ月前に計った時は120キロでした」という、一見平凡に見える投手だ。

 しかし、石田監督は「スピードはないけど、関節が柔らかくて質のいいストレートが投げられる。コントロールもいいので、早実相手でも抑えるイメージはありました」と見ていた。

 午前10時、試合開始。1回表の小平の攻撃は、早実の先発投手・服部雅生(はっとり・まさき/1年)の前に三者凡退。すぐさま最初の守備を迎える。「2日前に先発を告げられました」という太田は緊張からか、いきなり早実の1番打者・小掛雄太(2年)を四球で歩かせてしまう。2番の吉木駿人(1年)がバントで送って、一死二塁。そして打席には、清宮がのっしのっしと向かう。

「でけぇな......」

 小平の捕手・白石健祐(しろいし・けんすけ/1年)は、間近で清宮の巨体を見て、思わず笑いが込み上げたという。

「テレビで見た時とはオーラが違いました。思わずニヤけちゃいましたからね。まるで子どもと大人だなと」

 白石の身長は163センチ。ここまで近くで清宮を見たのは初めてだったが、実は浅からぬ縁もあった。白石が中学時代に所属していた武蔵府中シニアと清宮が所属した調布シニアは、「関東村」と呼ばれる調布基地跡地運動広場の敷地内にそれぞれ練習グラウンドがある。