横浜高の名将・渡辺監督が最後の夏に語った「悔恨の思い」 (4ページ目)

  • 柳川悠二●文 text by Yanagawa Yuji
  • 大友良行●写真 photo by Ohtomo Yoshiyuki

 新しい横浜高校の野球が、根を張りつつある。この夏はノーシードから県相模原、桐光学園といったシード校を破り、決勝こそ東海大相模に敗れたとはいえ、秋以降につながる快進撃だった。

 渡辺監督が言う。

「栄光より挫折、勝利より敗北、成功より失敗。それを私は選手に言い続けてきました。負けて初めて覚えることもある。失敗しなくては、絶対にうまくはならないんです。今日の敗戦を、無駄にして欲しくない」

 渡辺監督は約半世紀に及ぶ指導者人生を振り返る中で、思い出深い試合や、個人の名前を挙げることはなかった。甲子園で刻んだ51勝だけでなく、激戦区・神奈川での1勝1勝、教え子ひとりひとりとの思い出が胸に刻まれている。それを記者たちも理解しているため、「ベストゲームを教えてください」などという質問が飛ぶことはなかった。

 だが、ひとつだけ、どうしても聞いておきたいことがあった。「監督にとって、最も糧となった敗戦は?」。そう質問すると、意外な答えが返ってきた。

「昨年(の準決勝)だね。初めて孫(渡辺佳明/現・明治大)のことを言うけれど、なんとしてでも一緒に最後の夏の甲子園に行きたかった。私情を挟んじゃいけないですけど、孫の存在があったから、ここまで監督を続けられたということもあったし、小倉の最後の年でもあったからね。(負けた時は)ガクッときましたね。いっそのこと、小倉とともに辞めておけばよかったと思いました。だけれども、ふたりがいっぺんにいなくなるわけにはいかんし、復活ののろしをあげなきゃいかんということで……少しは貢献できましたかな」
※2014年7月29日、神奈川県大会準決勝・東海大相模戦、3-5で敗戦

 神奈川や甲子園で名勝負を繰り返してきた名将が、孫とともに味わった悔恨の思いをいまだ抱えているところに、球児に愛され、高校野球ファンに愛された人柄が表れていた。

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