2012.08.05

【高校野球】愛知の高校野球界を支える「私学4強」

  • 益田佑一●写真 photo by Masuda Yuichi

 愛知県常滑(とこなめ)市。

  名古屋駅から名鉄特急を利用しておよそ1時間。知多半島の小高い丘の上に立つ常滑高校からは、伊勢湾に浮かぶセントレア(中部国際空港)を見下ろすことができる。晴れていれば、遠く鈴鹿山脈も見えるのだとか。冬には鈴鹿おろしと呼ばれる強風が吹き荒び、野球部の練習もさぞ厳しかったのだろうと思いきや、去年のセ・リーグMVPを獲得した細腕は爽やかに、サラッとこう言った。

「いや、練習はそんなに……(苦笑)。思い出すのはグラウンドの近くの草むらですね。そこでいつもサッカーして遊んでたイメージがあります。高校に入ったときも、バスケットが好きだったので、バスケ部に入ろうと思ってたんです。でも友だちが野球部に入るというので、一緒に説明会についていったら、いきなり入部届を書くことになってしまって。中学のときはキャッチャーで、最後は補欠でしたしね」

 当時、ここは常滑北高校。

 ドラゴンズを支える浅尾拓也が入学したのは、2000年の春。野球部の監督を務めていた谷奥伸治さん(現・半田東高野球部長)は、入学当時の浅尾について、こう話した。

「はじめは浅尾という名前も知りませんでした。華奢な、かわいい子だということは覚えてますけど(笑)。実際、キャッチボールを見て、この子は肩が強いんだなと……聞けば中学時代はキャッチャーだったとか。確かにクイックでスローイングできるし、こういうキャッチャーもありなのかなと思いました。センスのある子でしたからね」

 浅尾が高校1年の秋、常滑北は知多地区の予選を通過して、県大会で私学4強の一角、東邦と当たる。これが、浅尾が初めて対戦した私学4強だった。谷奥さんが言う。

「県大会の1回戦でしたが、コールドで負けました。ただ、浅尾の動きは引けをとらなかったと思います。キャッチャーとしての浅尾は、バント処理もセカンドへの スローイングも、東邦の選手に見劣りしなかった。逆に東邦の選手は『あのキャッチャー、いい選手だな』という印象は持ったと思います」

 結果は2-9でコールド負け。浅尾がこの試合を振り返ってくれた。

「5回コールドで負けました。すごいなと思いましたね。何がすごいという前に、このチームには勝てないと、最初から名前負けしちゃうんです。もちろん、勝つためにやっているんですけど、どっかで負けるという気持ちがあったと思います。東邦のユニフォームをそういう目で見ていたと思います。僕はキャッチャーをやってましたけど、ピッチャーとして強いチームを相手に投げてみたかったという気持ちはあります。でも、間違いなく勝てなかったと思いますけど(笑)」