
Vol.6佐藤由紀彦
貴公子と呼ばれた男が仮面を脱ぐまで
小宮良之●取材・文山頭範之、山田真市/アフロ、アフロスポーツ●写真提供
ベテランの受難が続くサッカー界で
現役にこだわるのには理由がある。
かつての人気者は、弱音を吐く
こともなく、胸を張った。
Sportivaのノンフィクション連載が復活!
2008年12月、仙台。外は底冷えする寒さで、通りを歩く人々はコートの襟を立てて背筋を縮こませていた。店内には食欲をそそる牛タンの焦げた匂いが香った。
「体がぼろぼろになるまで、ボールを追えなくなるまで、オレはサッカーをやりますよ。せっかくサッカー選手をやれたのに、中途半端で終わったら罰が当たる。だから現役にこだわっているんです」
彼は鳥龍茶を飲み干すと一気に捲し立てた。
2008シーズン限りでJ2ベガルタ仙台から戦力外通告を受け、来季の所属先が決まっていなかった。仙台ではスーパーサブとして終盤に投入され、決勝点をアシスト。それは必勝パターンだった。関係者は「彼のピンポイントクロスは絶品。勝ち点15は稼いだ」と活躍を讃えた。入れ替え戦でジュビロ磐田に敗れて昇格を逃したものの、彼の活躍がなければプレイオフにすら進めなかった。
「それでも契約を更新できなかったのは俺の実力です」。彼は弁解することもなく堂々としたものだったが、時折、爪を噛む横顔に悔しさが滲んだ。
数日前には、戦力外選手を集めて開催された「Jリーグ合同トライアウト」に参加した。右MFとしてテストゲームに出場すると多彩なキックを繰り出してチャンスを作り、セットプレイの場面ではスタンドのスカウトたちを唸らせている。だがオファーは届かず、いたずらに日々ばかりが過ぎていた。
「Jリーグの各クラブは不況の影響もあるが、30歳以上の選手との契約を渋っている。“もうオッサン選手は必要ない”ってね。若手育成が合い言葉なんだ」と、選手を売り込むのが仕事の代理人たちは現状をぼやいた。
彼は32歳だった。
「俺はまだ全然やれますよ。というか、若い頃と比べて体力が落ちたとは思わないし、間合いは今の方が分かっている。マリノスで優勝したときが俺のベストプレイと思われているかも知れないけど、自分のベストはこれから」
焼き上がった肉を頬張りつつ、煩悶する自負をスマートな口元からはき出した。
現役にこだわらなければ、“就職先”がないわけではなかった。Jリーグのフロントスタッフとして誘いを受けていた。J2チームの平均年俸と見比べても、金銭的条件は悪くなかった。プロサッカー選手は遠からずスパイクを脱ぐときが来るわけで、将来性を考えた選択としては魅力的に思えた。しかし彼はその申し出に感謝しながら、現役の未練を断ち切れず、スーツ姿になる気はさらさらなかった。
「とことんやりますよ、俺は」。さめやらぬ情熱を表情に浮かべると、手元にあった彼の携帯電話のバイブレーターが作動した。
「社長からだ」。着信画面を見ながら息をのむと、ざわついた店を出てから電話を取った。実は古巣であるFC東京の社長に入団を直訴するため、都内で会う約束を取り付ける交渉をしていた。「チーム探しは代理人に任せてあるし、社長に話を持ち込むなんて筋が違うんじゃないか」という思いも頭をよぎったが、「現役を続けるためならみっともなく足掻いてやる」と捨て身の覚悟だった。
「俺はこれからなんだ」。甘い顔つきを歪め、自分に鞭打ちを入れるように言った。























