開幕マイナーの中島裕之「日本に帰れなかった理由」 (2ページ目)

  • 佐藤直子●文 text by Sato Naoko
  • photo by AP/AFLO

 記憶に新しいところで言えば、ツインズと3年契約を結んだ西岡剛(現・阪神)だろう。1年目開幕直後に足を骨折した西岡も、ケガが治って後も浮上のきっかけを失ってしまった。傘下3Aロチェスターで過ごした約2年で、いろいろ考えたのだろう。3年目の契約を破棄して日本へ戻り、阪神という新天地を見出した。

 中島が今年日本へ帰るのではないか、と考えた人も少なくない。メジャーキャンプに招待すらされないと分かった後はなおさらだ。マイナーリーガーでも招待選手としてメジャーキャンプに参加できれば、開幕ロースターに滑り込めるチャンスがある。だが、招待されなければ、マイナーでの開幕は決定的だ。そこからメジャー昇格を果たすためには、並々ならぬ努力と少しの運が必要になる。そんな事情を熟知するアスレチックスの指揮官ボブ・メルビン監督も、やはり中島は日本に帰るかもしれない、と考えたひとりだった。

「日本に帰れば、毎日一軍でプレイができて、もっと大きな契約が取れたことだろう。マイナーから始まると決まっている中で、アメリカに戻って来たことだけでも素晴らしい。簡単なように見えるが、一度成功を収めた人にはなかなかできることじゃない」

 ここでひとつの疑問が浮かんでくる。一体、中島はどんな気持ちで、どんな思いに押されてアメリカでのプレイを選んだのだろう?

「契約は2年あるし、まだメジャーデビューもしてないから、日本に帰るわけにはいかない。メジャーでプレイしたいって気持ちが芽生えてから、その思いが現実のものになるまで、どれだけ大変だったかを考えると、そんな簡単に日本に戻れませんよ」

 生え抜きショートとして中心選手だった西武時代、ポスティング制度を利用したメジャー移籍を球団に認めてもらうまでに、何年もの月日を要した。ようやく球団がメジャー移籍を認めてくれた後も、スムーズには進まない。2011年オフにポスティングされ、ヤンキースが交渉権を落札したが交渉は破談。さらに1年待って手に入れた海外フリーエージェント(FA)権を行使して、ようやくたどり着いたアメリカの地、というわけだ。

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