【ボクシング】1年ぶりの勝利。長谷川穂積の「俺にしか紡げない物語」が始まった

  • 水野光博●文 text by Mizuno Mitsuhiro
  • 矢野森智明●写真 photo by Yanomori Tomoaki

試合後の控え室で今日の試合、今後の去就について話す長谷川穂積試合後の控え室で今日の試合、今後の去就について話す長谷川穂積「チャンピオン、楽しんでこい」

 リングイン直前、控え室を出た新トレーナー、WBAスーパーミドル級元世界王者、フランク・ライルズは、長谷川穂積にそう声をかけた。

 4月6日、東京国際フォーラム。1年ぶりに長谷川穂積がリングに帰ってきた。たったひとつの問いのために。

「神様、俺は強いですか?」


 長谷川が、5年間君臨したWBC世界バンタム級王者の座から引きずり下ろされたのは、2010年4月のこと。ベルト奪還を期し、階級をふたつ上げフェザー級へ。だが、同年11月に決まったタイトルマッチのわずか1ヶ月前に、最愛の母が逝く。長谷川は、文字通り決死の覚悟で、フアンカルロス・ブルゴスとの一戦に臨んだ。

「負けたらオカンが報われない。それではこの先、俺は生きていかれへん。負けたら自殺するな――」

 壮絶な殴り合いを制し、長谷川は日本人初となる、飛び級での2階級制覇を成し遂げる。

 そして、燃え尽きた。その試合に込めた熱量の代償として。

 わずか4ヵ月後の昨年4月、ジョニー・ゴンサレスとの初防衛戦で再び王座陥落。1年間で2度の敗北に、一時はジムから足が遠のいた。「絶好のタイミング」と、長谷川の頭に"引退"の文字が過(よ)ぎる。それでも、リングを降りることはしなかった。

「2階級制覇後、母の死を受け入れるための時間が欲しかった......。東日本大震災も起こってしまい、『ボクシングをやっていていいのか?』という思いを引きずり、戦う意味を見いだせないままリングに立ってしまった。俺は、プロじゃなかったのかもしれない。でも......、人間としては、それでいいと思う」

 長谷川からベルトを奪った、ゴンサレスの大振りな右フック。気力さえ満ちていたら避けられたか? だが、そんな疑問に答えはない。あるとしても、それはリングの上でしか見つけられない。

「このままでは終われない。自分は強いのか? 弱いのか? 自分だけがわかればいい。だから観客がいなくてもいい。誰かのためじゃなく自分のためだけにリングに立ち、ボクシングの神様に『俺は強いですか?』と聞きたい」

 長谷川は、再び走り始めた。

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