競馬&格闘技プロレス

[2012年02月03日(金)]

【プロレス】櫻井康雄×流 智美
「昭和のプロレスは立派な文化なんです!」

  • 中込勇気●取材・文 text by Nakagome Yuki
  • 本田雄士●写真 photo by Honda Takeshi

『燃えろ!新日本プロレス』大好評刊行記念スペシャル対談Part.1


猪木vsストロング小林は、昭和プロレスの本流

――『燃えろ!新日本プロレス』は、1970年代の草世期から90年代の黄金期まで、数々の名勝負をDVDに収録していくわけですが、全50号予定のこのシリーズの見どころ、今後収録が期待される名勝負を教えてください。

櫻井 新日本プロレス=アントニオ猪木ですよ。さらに私見を言えば、猪木の時代は88年の長州力戦で終わった(7月22日、札幌で長州にフォール負け)。平成にも猪木はいろいろな試合をやっていますが、それらは猪木のプロレス人生における付録のようなものだと考えています。全盛期があり、衰えがあり…猪木という大レスラーの軌跡を網羅するのはいいと思いますが、いわゆる「猪木のプロレス」ならばやっぱり昭和の時代ですよね。

 そうですね。櫻井さんは73年4月6日の宇都宮大会から88年まで『ワールドプロレスリング』(テレビ朝日)の解説をやられていましたよね。猪木の一番いい15年間をリングサイドでご覧になっているわけです。だから、その時代をこのシリーズに凝縮したいというのは当然で、私もその意見に賛成です。

櫻井 今のプロレスを見て育った世代は、昭和の試合をどう見るんだろうね?

 たとえば『燃えろ!新日本プロレス』の4号に収録した猪木vsストロング小林(74年3月19日、蔵前国技館)を若い人が観て、「かったるくてつまらない」と思うのであれば、私も考えを改めないといけないですが(笑)、そんなことはないと思います。

櫻井 ないでしょう。猪木vs小林は昭和のプロレスの本流ですよ。この時代の猪木の試合は、凡戦といわれるものでも味のある試合がありますよ。東京体育館のジョニー・パワーズとのNWF戦(73年12月10日)なんかも歴史的な価値がありますしね。内容的には評価を受けなかったけど、猪木vsルー・テーズ(75年10月9日、蔵前国技館=15号収録予定)もいい。アントニオ・ロッカがレフェリーをやったんです。もう僕なんかは、猪木とテーズが闘って、間にロッカが立っているというだけでシビレました。ものすごいロマンを感じましたね。同じような意味では、テーズがレフェリーをやった猪木vs藤波もいい。

 85年9月19日の東京体育館ですね。88年8月8日の横浜文化体育館における60分ドローが有名ですが、東京体育館の猪木vs藤波のほうがいいと思います。

櫻井 あれは藤波が猪木を超えられるかどうかにポイントがあり、世代交代戦の典型的なものです。最後は猪木がレフェリーストップ勝ちしましたが、藤波にも可能性を感じましたね。

 テーズやカール・ゴッチの試合を見て、今のファンがどんな反応をするかすごく気になりますね。今の新日本プロレスの選手たちも、『燃えろ!新日本プロレス』に関心が高いそうです。実際、永田裕志選手らトップレスラーの何人かは毎号見ているという話もうかがいました。今の新日本を刺激するという意味でも素晴らしいことですね。

櫻井 若いレスラーたちには、これを見てもう一度「プロレスとは何か」ということを発見してもらいたいですね。懐かしいというだけじゃなくてね。僕は昭和のプロレスは立派な文化だと考えているんです。いかに多くの人の魂に影響を与えてきたかという。

 まさに『燃えろ!新日本プロレス』が書店でほかの分冊百科シリーズと並んでいるところを見ると、プロレスが文化であることの証明だと思いますね。私も人生でプロレスから学ぶことは多かったです。それこそ櫻井さんのお書きになった本もよかった。

櫻井 手前味噌になってしまうけど、猪木の自伝『燃えよ闘魂』(東京スポーツ新聞社)、これは私がゴーストライターをやったんです。あの本を読んでファンになった人も多いし、猪木をカリスマ化したひとつの要因だったと思います。猪木という若者はどういう環境で育って、どういう人生観を持っているのかを描きたかったんです。電気もトイレもなく、板敷きの部屋で寝ていたというブラジル移住時代から、どう頑張ってきたかというね。猪木はよく、「なんでも世界一になれ、乞食でもいいから世界一になれ」と言っていましたが、これは彼の亡くなったおじいさんの遺言でね。そういったことがファンに影響を与えたんです。

国家吹奏を初めてやった「世界最強タッグ戦」

――では、流さんにとっての猪木のベストバウトをいくつか挙げると?

 やはりテーズ戦がナンバーワンですね。当時、僕は高校3年で、実家の水戸から常磐線で2時間半かけて蔵前まで観に行きましたよ。ロッカが黄色いポロシャツを着て試合を裁いて…夢のような空間だったし、当時59歳のテーズがあれだけの強さを見せたことに驚いた。次は75年12月11日、蔵前国技館の猪木vsビル・ロビンソンの60分フルタイムドロー(15号収録予定)。あとは猪木、坂口征二vsテーズ、ゴッチの「世界最強タッグ戦」(73年10月13日、蔵前国技館=17号収録予定)を挙げたいですね。

櫻井 73年春に坂口が日本プロレスから新日本に移籍して猪木との黄金タッグが復活したわけですが、当時、それに見合う対戦相手がいなかったんです。そこで「テーズとゴッチではどうか」と私が新日本の会議で提案したんですよ。最初は「すごい金がかかるし、そんなのムリだ」とひと言で片付けられたのですが、私が東スポ(東京スポーツ新聞社)の社長に話をして、結局東スポが金を出すことで実現したんです。東スポとしてはプロレスの復興に社運をかけたわけですよ。当時は団体が乱立して業界全体の人気が低迷し『ワールドプロレスリング』の視聴率も伸び悩んでいたという状況でしたからね。

 あれが新日本プロレス最初のビッグマッチでしたもんね。

櫻井 この試合はプロレスで初めて国歌吹奏、国旗掲揚をやったんです。陸上自衛隊の音楽隊を呼んでね。テーズとゴッチが星条旗をまっすぐ見上げていて、それだけでシビレました。ほかにオススメの試合というと、欧州遠征での猪木vsローラン・ボック(78年11月25日、ドイツ・シュツットガルト=27号収録予定)、これは猪木にとってはイメージの悪い試合ですが、歴史的な試合ですよ。

――80年代でいうと、どんな試合がオススメですか?

櫻井 藤波と長州の一連の「名勝負数え唄」ですね。長州が初めて勝った試合(83年4月3日、蔵前国技館)は3号に入れましたね。それと、藤波のジュニア時代もいいですよ。ニューヨークでやったカルロス・エストラーダ戦(78年1月23日、WWFジュニア王座を奪取=28号収録予定)、大阪寝屋川のチャボ・ゲレロ戦(78年10月20日)もすごかった。

 猪木とタイガー・ジェット・シンのシングルをまだ収録していませんね。

櫻井 それなら、「腕折り」の一戦(74年6月26日、大阪府立体育会館=20号収録予定)でしょう。あと、シンがはじめて猪木から3カウントをとった広島の試合(75年3月13日)もいいです。猪木vsスタン・ハンセンでいえば、猪木が逆ラリアットで勝った広島の試合(80年9月25日)がいいですね。ハンセンは79年から81年という最盛期に新日本にあがっていたので、一連の猪木戦は名勝負の宝庫です。


上田馬之助の思い出

――昨年末に亡くなった上田馬之助さんの試合を見たいという意見も多いです。

 86年3月26日、東京体育館での新日本とUWFの「5vs5イリミネーションマッチ」(9号収録済み)で、上田さんが前田日明を場外に道連れにしたシーンは素晴らしかったですね。本当に、剣豪上田馬之助みたいなね。上田さんのガッツを感じました。上田さんは日本人初にして最大のヒールであり、永久に彼を抜ける人は現れないと思いますね。上田さんとシンのヒールコンビが仲間割れしてシングルでやった試合もありますよ。猪木がレフェリーをやったんです。昭和53年9月19日の大阪府立体育会館でしたね(30号収録予定)。櫻井さんは上田さんとはお付き合いがありましたよね。

櫻井 もう彼がプロレスに入門したときからです。年は猪木よりふたつ上だけど、猪木の1年後に入門したんです。クソ真面目で練習熱心でしたよ。アメリカ武者修行時代も、達筆な字で律儀に手紙をくれてね、去年まで年賀状が来ていましたよ。上田は猪木のライバルとして、前座時代からよく闘っていた。猪木が東京プロレスから日本プロレスにカムバックしてきたとき、みんなが猪木に冷たくしていたなか、上田は猪木をあたたかい目で見ていたんじゃないかな。猪木がカムバック後の初練習をするというとき、私も青山レスリング会館に取材に行きましたけど、猪木は日プロの連中の輪に入っていけず端っこでプッシュアップをやっていましたよ。そこに上田がきて「向こうで一緒にやろうよ」と声をかけていましたね。

 すごくいい話ですね。

――最後に、「名勝負の条件」とはなんでしょうか?

 やはり大会場で1万人以上のお客さんがいるとか、条件が整ってこそ名勝負は生まれるものだと思います。後楽園ホールじゃダメだっていう意味ではないですけど、名勝負と好勝負は区別したほうがいい。蔵前国技館はじめ、大阪、福岡、札幌、広島…各地の大会場に、お客さんが興奮を買いに来るという雰囲気が出ていなければ名勝負ではないと思いますね。

櫻井 その試合のバックグラウンドも非常に大事です。たとえば、ハンセンと猪木がやるとなれば、ハンセンが76年にニューヨークでブルーノ・サンマルチノの首を折ったという実績があって、新日本に登場し猪木と大一番をやるんだというプロセスを、しっかりとファンに印象付けていくことが大事です。ストーリーがあってこそ名勝負は生まれるんですよ。

――ありがとうございました。『燃えろ!新日本プロレス』は、これからも歴史に残る一戦や隠れた名勝負を数多く収録していきますので、温かい目で見守っていてください。

詳しくは『燃えろ新日本プロレス』ホームページへ>>

櫻井康雄(さくらい やすお)...1936年生まれ、東京都出身。1961年、東京スポーツ新聞社に入社、後に取締役編集局長となる。テレビ朝日系『ワールドプロレスリング』解説者としても活躍。著書に『激録 力道山』『激録 馬場と猪木』などがある流智美(ながれ ともみ)...プロレス史研究の第一人者、『週刊プロレス』連載ほか、著書多数。故・ルー・テーズのマネージャーとしても有名

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