【競馬】引退・安藤勝己、「馬を動かす」技術が日本競馬を変えた (3ページ目)

  • 新山藍朗●文 text by Niiyama Airo
  • photo by Eiichi Yamane/AFLO

 そのうえ、短期免許を取得した外国人騎手が、ほぼ1年を通して来日するようになった。特に、秋から春にかけての日本競馬で最も重要なシーズンでは、海外でも実績のある有能なジョッキーが集結。GIに挑む有力馬には、ごく当たり前のように外国人騎手が乗るようになった。

 昨秋のGIレースでは、11戦中7戦で地方出身騎手および外国人騎手が制した。その結果が示すとおり、中央の生え抜きジョッキーたちにとって、今はまさに受難の時代と言えるだろう。

 実際、ある騎手にインタビューをしたとき、彼はこちら側にこう訪ねてきた。「例えば、自分の馬に騎乗依頼するなら、スミヨン騎手と日本人の騎手のどちらにします?」と。返答に窮していると、その騎手はこちらの内面を見透かしたように「そりゃ、スミヨンでしょ」と言い切った。「僕だって、そうしますよ。なぜなら、彼らのほうが(競馬が)うまいから」と言葉を続けた。

 その騎手が言う「うまさ」とは、突き詰めれば、日本人より本質的に優れている彼らの体力や腕力を生かして、馬を意のままに動かすことだった。つまり、外国人騎手もまた、かつて安藤騎手が語った「馬をガツンと動かす」技術において優れているのだ。

 そうした騎乗には、確かに批判の声もある。馬にかかる負担や、故障の原因を誘発するのではないか、と言われているからだ。それでも、ある関西のトップジョッキーからは、こんな話を聞いた。

「折り合い重視で馬に負担をかけない乗り方と、馬を動かす乗り方は、必ずしも相反するものではない。でも、地方から来た騎手や、外国人ジョッキーに対抗しようとすれば、軸足はより"馬を動かす"ほうに置くべきでしょう。僕自身、そう思っていますし、今はそういう考えが、中央の意識の高い騎手たちの間で広がりつつあります」

 笠松の砂で鍛えた安藤騎手の「馬をガツンと動かす」という技術は、2003年当時には一種のパフォーマンス程度にしかとらえられていなかった。しかし今や、多くのJRAの騎手たちが勝つための技術として、熱い視線を注ぐまでになったのだ。それこそ、安藤騎手が「パイオニア」であり、彼が日本競馬界に新たな指針を示したことは間違いない。

 そうは言っても、安藤騎手自身は、地方のジョッキーにJRA移籍の道筋をつけたパイオニアという評価にも「自分は自分のためにやっただけ。誰かのためにやったわけではない」とそっけなかった。ならば、おそらく「馬を動かす」先駆者だったと称えても、「自然に身についたこと」という程度の反応にとどまるだろう。

 そこがいかにも"アンカツ"らしい。そんな人となりに思いを馳せると、改めて日本の競馬シーンから稀有(けう)な個性が消えたことへの寂しさが募る。

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