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磐田のJ2降格は「サッカー王国・静岡」の凋落が原因!?

2013.12.03

  • 望月文夫●文 text by Mochizuki Fumio 藤田真郷●撮影 photo by Fujita Masato

今季、まさかのJ2降格となったジュビロ磐田。 3度のリーグ制覇(1997年、1999年、2002年)を果たした”名門”ジュビロ磐田は、「日本一のサッカーどころ」を自負する静岡県のサッカーファンにとって、清水エスパルスとともに”誇り”だった。ゆえに、磐田のトップリーグからの転落は、地元サッカー界に大きな衝撃を与えた。

 その原因はいろいろと考えられる。戦術的な問題からクラブの体質変化など、大小さまざまだが、静岡のあるサッカー関係者は意外な要因を指摘した。それは、「日本一のサッカーどころ」の象徴的存在とも言える、高校サッカーの低迷である。その関係者が語る。

表1。高校選手権は同年度。1991年の高校総体は静岡県で開催され、2校の代表校が出場。決勝は史上初の同県対決となった。「近年、少年サッカーをはじめ、中学、高校と、静岡県の代表チームが全国大会で勝てなくなってきた。そうした静岡サッカー界全体の、全国における存在感の低下と、今回のジュビロのJ2降格は決して無関係とは言えないと思っている。特に、強豪チームが凌ぎを削って、全国でも輝かしい成績を残してきた県内の高校は、かつて人材の宝庫だった。ジュビロに限らず、エスパルスも、そうした高校サッカーの逸材たちがチームを支えていた。それが今や、どちらもその数が激減し、チーム力も落ちてしまった。その現実を見逃してはいけないと思う」

 確かに、以前は「静岡を制するモノが全国を制す」と言われたほど、静岡の高校サッカー界は栄華を極めていた。「三羽ガラス」と称された長谷川健太(ガンバ大阪監督。元エスパルス)、大榎克己(エスパルスユースコーチ。元エスパルス)、堀池巧(解説者。元エスパルスなど)らを擁する清水東が全国高校サッカー選手権(以下、選手権)で準優勝した1983年度から、清水商(現清水桜が丘)の小野伸二(ウエスタン・シドニー)、清水東の高原直泰(東京ヴェルディ)、藤枝東の石川竜也(モンテディオ山形)など、いわゆる「黄金世代」の面々が活躍した1997年度までの15年間は、高校サッカーの全国三大大会(総体、全日本ユース、選手権)で必ず静岡県勢が好成績を残してきた。

 しかし1998年度の選手権で、清水商が3回戦で敗退すると、静岡の高校サッカーは徐々に下降線をたどっていった。選手権では、1998年度から昨年度までの15年間で、4強以上に勝ち上がったのは、2007年に準優勝した藤枝東のみ。毎年頂点を争っていた全日本ユース(2011年から高円宮杯U-18サッカーリーグに)や高校総体でも、早々に敗退することが多くなってきた(表1)。

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