驚きの人事異動に「そんなことが起こるのか」。名将が挑む松山商の復活「古豪と言われてもなんの得にもならない」

  • 菊地高弘●文・写真 text & photo by Kikuchi Takahiro

 休日の朝6時過ぎ、日の出より先んじて始まった冬の強化練習は、昼前になっても熱量がまったく薄れなかった。

 この日2度目の30分間走を走る2年生の福積颯太が、苦しそうな表情の1年生・重松智浩に「俺についてこいよ!」と声をかける。キャプテンの西岡龍樹は「みんな、いい顔していくよ〜!」と晴れやかに叫ぶ。松山商の選手たちは、自分の限界にどこまで迫れるかを楽しんでいるようにさえ見えた。

 つきっきりで選手を見守る大野康哉監督に「『古豪』というより、『新鋭』のムードですね」と声をかけると、笑顔の大野監督からこんな答えが返ってきた。

「古豪なんて言われても、なんの得にもなりませんから」

2020年4月に松山商に赴任した大野康哉監督(写真中央)2020年4月に松山商に赴任した大野康哉監督(写真中央)この記事に関連する写真を見る

【衝撃の21世紀枠推薦】

 2021年11月9日、高校野球界に流れたそのニュースは、衝撃ですらあった。

 松山商が来春選抜高校野球大会の21世紀枠・愛媛県推薦校に選ばれた。

 甲子園優勝7回、春夏通算42回の甲子園出場実績を誇る名門が、なぜ21世紀枠に? という疑問とともに、松山商が甲子園から20年も遠ざかっている事実に驚いた人もいただろう。

 近年、愛媛の高校野球は今治西と済美がリードしてきた。そして、かつて「夏将軍」と呼ばれ、数々の野球人を輩出してきた松山商は低迷を続けた。

 そんな折、愛媛県の公立高校では驚きの人事異動があった。2020年4月、今治西を甲子園常連校へと育て上げた大野監督が、松山商へと異動になったのだ。大野監督は辞令を受けた瞬間「そんなことが起こるのか」と驚いたという。

 今治西では監督就任2年目の2006年から9年連続で春夏いずれかの甲子園出場に導いた。2012年にはU-18日本代表のコーチを務めた実績もある。

 今治西OBであり、"外様"として名門校の監督に就任する大野監督に、ネガティブな感情は一切なかったという。その理由を大野監督はこう説明する。

「上甲正典さん(元・済美高監督/故人)がよく言っていたんです。『高校野球は相撲と一緒だ』って。番付は近々の数場所の結果で決まる。いくら10年前に勝っていたといっても、今と切り離して考えないとダメだと。いくら松山商に誰もが認める実績があっても、甲子園に20年出ていないという現実があるわけです。はっきりと現状を見極めてチーム作りをしていくのが、私の仕事だと考えていました」

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