京大初のプロ野球選手、田中英祐「4年間の軌跡」 (3ページ目)

  • 谷上史朗●文 text by Tanigami Shiro
  • photo by Kyodo News

 後任には比屋根の元で部長を務め、それ以前には京大の指揮を執っていた寶馨(たから・かおる)が復帰。「比屋根さんの野球を継ぐ」という中で、田中も順調に経験を重ね、3年からドラフト候補として注目を集め、ドラフトではロッテから2位指名を受けてプロ入りを果たした。

 田中は大学生活を振り返り、「比屋根さんに1年の時から使ってもらったことがいちばん大きかった」と語った。高校時代、公式戦わずか1勝の右腕は、「大学で経験を積めたことが成長につながった」と繰り返した。その声を比屋根に伝えると、次のような答えが返ってきた。

「試合で投げることで野球の面白さを知り、考えるヒントを受け取っていったのでしょう。勉強と同じで、やるべきことがわかれば予習、復習の習慣を持っていますから……。経験を重ねることでひとつずつ身についていったのでしょうね」

 現在、比屋根は九州に拠点を置き、野球用品の開発を行ないながら全国を回っている。田中の新世界での活躍について尋ねると、「彼の運の強さを感じているんです」と言い、こんな話を口にした。

「ロッテのファームには球界でも屈指の名投手コーチの小谷正勝さんがいます。僕はデニー(友利)が横浜でお世話になっていた頃にいろんな話を聞かせてもらいましたが、理論派で理にかなった教え方をされています。田中にとってこの出会いは本当に大きなものになると思います」

 小谷は横浜、ヤクルト、巨人、そしてロッテと渡り歩き、4月には70歳になる大ベテランの投手コーチ。シンプルにして的を射た“小谷理論”の信者は多く、三浦大輔や内海哲也も小谷によって育てられた投手だ。

「大卒ですが、まだまだ成長途上の投手。今は話題先行ですが、しっかりプロの世界で活躍できる土台を作って、3年後、あるいは4年後にローテーション投手になる。リリーフならもう少し早く出てくると思います。とにかく長くプロの世界で活躍できる基礎を、この1、2年の間に身につけることが重要でしょう」

 2度の大きな分岐点を乗り越え、プロの世界にたどり着いた田中。京大入学時、「4年後」を見抜いた師の見立ては再び的中となるだろうか。

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