【高校野球】打倒「私学4強」の思いが、レベルアップを生む

  • 益田佑一●写真 photo by Masuda Yuichi

昨年の日本シリーズで好投した森福允彦。豊川高校時代は2年連続して愛知県大会の決勝に駒を進めたが、愛工大名電、中京大中京に敗れた昨年の日本シリーズで好投した森福允彦。豊川高校時代は2年連続して愛知県大会の決勝に駒を進めたが、愛工大名電、中京大中京に敗れたフルスイング観戦道 vol.21(後編)

  豊川稲荷のお膝元、愛知県東部の豊川市。参道には、ここが発祥とも言われている名物の稲荷寿司を食べられる店が並んでいる。山葵(わさび)稲荷や柚子(ゆず)稲荷など、いろんな変わり種の稲荷寿司があって、なかなか楽しい(味噌カツ稲荷はどうかと思うが......)。そんな豊川稲荷に程近い豊川高校は、甲子園出場こそ果たせていないものの、プロ野球選手を何人も輩出し、立派な専用グラウンドも持つ、愛知県では知られた強豪校である。

 去年の日本シリーズで"森福の11球" と呼ばれたピッチング。ノーアウト満塁のピンチを見事、無失点で凌ぎ、ホークスを日本一に導いた立役者、サウスポーの森福允彦が豊川に在籍したのは、2002年から2004年までの3年間。その直前には豊田大谷、弥富、愛産大三河といった高校が甲子園に出場し、愛知県の高校や球界が群雄割拠の様相を呈し、私学4強の牙城が揺らぎかけた時期でもあった。

 豊川の隣、愛知県の豊橋市で生まれた森福は、小学生のとき、軟式野球の大会でなんと全国制覇を成し遂げている。

「豊橋市内の選抜チームで県大会を勝ち抜いて、全国大会に出たんです。さすがに日本一になったときは自分でもビックリしましたね。中学生の時は豊橋のボーイズリーグでプレイしていたんですが、そのときも全国大会に進みました。でも、ボーイズリーグの中部地区というのは規模が小さいので、何回か勝ったら全国に行けちゃうんですけどね。全国では大阪のオール枚方(ひらかた)に2回戦で負けてしまいました。抽選負けでしたけど......」

 小学校で全国制覇、中学でも全国大会の舞台を踏んだ左腕を、愛知県の高校野球が放っておくはずがない。森福も中学時代は中京のユニフォームに憧れていた。 しかし、森福より5~6歳年上の従兄弟が、豊川で野球をやっていた。彼は子どもの頃から森福にいろんなアドバイスをしてくれていて、森福にいろんな影響を与えてきた。中京か豊川か、悩んだ末に、森福は豊川を選んだのである。

「全国的には無名で、プロ野球選手は出ているけど、甲子園には出たことがない。それが豊川でした。でも僕らの学年は、けっこういい選手が集まっていたんです。 ボーイズの仲間にも声かけましたからね。一緒に豊川へ行こうよって。でも、最初は県大会にも出られないようなレベルだったんです。正直、甲子園を目指して 豊川に入ってきたので、ビックリしました」

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