Baseballプロ野球

[2011年11月11日(金)]

【プロ野球】落合監督と選手たちとの8年(1)『絆~衝撃退任から始まった奇跡』

  • 鈴木忠平●文 text by Suzuki Tadahira
  • photo by Nikkan sports

CSでヤクルトを破り、2年連続日本シリーズへと進出した落合監督率いる中日 監督の落合博満は選手たちをじっと見守っていた。CSファイナルステージ、明日なき覚悟でぶつかってくるヤクルトとの死闘は5戦目までもつれ込んだ。それでも、ベンチの指揮官は確信したように戦いを見つめていた。そして、勝った。2年連続日本シリーズ進出。今季限りで退任する指揮官へ向けて、選手たちがつくってくれた花道は、日本最高の舞台まで続くことになった。

「オレは何もしていないよ。見ていただけだ。強かったな。選手たちはすばらしい」

 勝利の後、落合は言った。就任以来、指揮官がこれほど選手を信頼し、褒めたことはなかった。今、落合竜は特別なテンションで走り続けている。

 落合と選手たちの花道。始まったのは、ペナントレース終盤の9月22日だった。4.5ゲーム差で迎えた首位ヤクルトとの直接対決4連戦。その大一番の開始3時間前、球団が落合の今季限りでの退任と、次期監督に高木守道氏が就任することを発表したのだ。

「なぜ、今なんだ!」

 異例とも言える発表のタイミングと、球団首脳の対応に、現場からは怒りの声が上がった。ただ、普通のチームならば失速してもおかしくない状況で、選手たちは怒りを意地に変え、激情をエネルギーに変えて、目の前の勝負に没頭した。

 そして、2日後の9月24日、ヤクルト戦、チームは谷繁元信のサヨナラ打で劇的勝利を飾った。退任発表からの3連勝で球団史上初の連覇を完全に射程圏にとらえた。監督退任という衝撃をも乗り越え、自分の仕事を全うした選手たちを見て、落合の胸にはこみ上げるものがあった。試合後、そんな選手たちへの思いを異例の行動で表現した。ベンチに戻ってきた谷繁の頭をなでまわした。その目は涙でぬれていた。

「オレはここにきた時、あいつらに言ったんだよ。『お前ら、球団のために野球やるな。自分のために野球やれ。オレは勝つことだけを考える。勝つことに徹する。だから好き嫌いはしない。いい者を使う。勝敗の責任はオレが取る。だから、自分の成績の責任は自分で取れ』ってな。あの日、ヤクルト戦を見て、『ああ、あいつら、やっとオレの言ったことがわかったのかな』って」

 落合が8年間、選手たちに求めたもの。それはただひとつ「プロフェッショナル」だった。そのために、選手との間に一切の「情」を排除した。個人的に選手と食事に出かけたことはない。頑張れと言ったことも、期待していると言ったこともない。その代わり、技術を認めれば、グラウンドに送り出した。

 理想の野球とはどんなものか。落合に聞いたことがある。

「オレの理想の野球って何か。みんなわかっていないよ。1点を守るとか、足を使うとかではない。競争を勝ち抜いた奴らで戦うことだ。お前ら(チーム内で)白黒つけたんだから、今度は相手と白黒つけてこいって。そうすれば、監督は何もしなくていいんだ」

 守りの野球はあくまで勝つための方法論だった。激しい競争を勝ち抜き、指揮官の助けすら必要としないプロフェッショナルを9人、送り出すこと。それこそが、落合の理想の野球だった。だから“9・22”の退任発表以後、「監督のために」などと期待する気持ちはさらさらなかった。それより、選手たちが異常な状況の中でも、自分のために戦う姿が落合にはうれしかった。谷繁に見せた異例の行動は、指揮官が初めて選手たちを認めた証だった。成熟したプロ集団の象徴として、40歳にして頭をなでられた谷繁も誇らしげだった。

「監督が泣いているのは知っていたよ。オレはあの時、ああ、落合博満という人に認められたんだなと思った。だって今までそういうことをしなかったし、そういうことをする人じゃないから」

 それ以降、落合はただ、選手を見守っていた。何も言う必要がなかったからだ。10月18日の横浜戦、監督として5度目の優勝を決めた。連覇も、10ゲーム差の逆転優勝も球団初の快挙だった。そして、11月6日、CSファイナルステージで最後まで食らいついてきたヤクルトを振り切り、2年連続日本シリーズ進出を決めた。落合が確信した通り、もう選手たちに指揮官の言葉は必要なかった。

 ふたつの戦いを制した夜、ともに落合は6度、宙に舞った。印象的だったのは手を差し伸べる選手たちの目にも、歓喜の空を見上げる落合の目にも熱いものが光っていたことだ。 8年間、両者の間に「情」など存在しなかったはずだった。あったのは、チーム内競争に勝つための、そして相手球団に勝つための戦いのみ。だが、そんな両者の間にいつしか熱いものが生まれていた。それは「絆」ではないだろうか。好き、嫌いの感情を超えた男同士の絆。飽くなき戦いによってのみ生まれるプロ同士の絆だったのはないだろうか。

「こういう選手たちに恵まれて、オレは幸せだよ」

 8年間がすべて報われるような花道の道中。落合は幸せそうに笑っている。

(つづく)

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